罔兩庵日乗 mouryouan’s diary

私的ナ思索ト逍遙ニマツワル散話妄言覚書キ

鳥居耀蔵 の 東京 【雑】

鳥居耀蔵 の 東京 【雑】

『東京

東京一望悲傷に耐う
来往、人として虜粧ならざるは無し
桑海変遷して浮世改り
故郷、却カエって是れ他郷に似たり

中略

神州恐らくは是れ夷郷と作ナらん』

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鳥居耀蔵 甲斐守 天保の改革の弾圧者、テレビでは遠山の金さんの敵役カタキヤク、江戸っ子のつけたアダ名が「妖怪=耀甲斐」
断固罪を認めず腹を切らず悔いることなく明治の後まで、30年余りも諸藩に禁固され、幕府の手を煩わせつつも生き延びる。
勝海舟をして「老いてますますさかん、八万子弟中多くかくのごとき人を見ず、また一丈夫と謂うべき者か」
と、言わしむる。

この、頑迷コロウケンカイの人の晩年の詩であり、小生愛唱の一節である。


「それみたことか。」 
の、溜飲さえ聞こえそうだ。

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歌舞伎町から2丁目あたりの街頭放送が、中国語でされていた。
ここは、どこの国だ?
観光客なんぞ不要。
国際化など無用。

オリンピック反対。

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西郷隆盛の、たぶん野に下ってからの言葉。

『文明とは道の普〈あまね〉く行はるるを賛成せる言にして、官室の荘厳、衣服の美麗、外観の浮華を言ふには非ず』(『南洲翁遺訓』)。

亡国を嘆くには、遅きに失したの感少なからず。

世を捨てるにしくは無し。