罔兩庵日乗 mouryouan’s diary

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悪夢と救い (改稿)【哲学】

悪夢と救い (改稿)【哲学】

ポップな、或いは外連ケレン無き、悪夢。の名手、、、
そして
ロクでもない人間だけしか出てこない小説、を書かせたら右出るものがいない。
小生の(前期)ディック観でR。

ディックは、或いは悪夢は、哲学的に見える。
何故なら、
悪夢の雛形は大抵、とうの昔人々が感じ、哲学に出てきているからだ。
何故なら、この世は悪夢的であり、悪夢的現実との妥協?救い?こそ哲学の存在意義(少なくとも中心課題)だから。

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ディックと云えば、やはり一般には、まず映画「ブレードランナー」つまり、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」だろう。

映画では、賞金稼ぎ(ハリソンフォード)とアンドロイド女が恋愛しているが原作は冴えない女房持ち……

重要なプロットは、
「人間であるとはどういう事か?」
と、
「アンドロイドであるとはどういう事か?」
だと思われる。 

が、当然メインは前者である。

小説を読み返してみたが、意外なことに映画同様、後者に関してはディックも然程サホドうまく描けているわけではなかった。

前者に即ち「共感能力こそ人間特有のもの」関しては今後もう少し深く考えてみたい。
何となく、違う予感がするのだが……

続編の映画は見ていない。

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閑話休題
ディックから離れて、

哲学的思考実験。

① 自分がアンドロイドだと知ってしまう。

そして、さらに
実は、

②隣人たち、つまりすべての人間がアンドロイドだと知ってしまう。

としたら、それはどういう事態なのか?

①は、わりと理解しやすい。
自分がもらい子だと知ってしまう。とか、そう云ったテーマの物語と本質的には変わらないだろう。

しかーし、②はどうなんだろ?

本物と偽物があって、自分が偽物だったと云う話なら悲劇なんだろうが、

本物なんてなくて、すべて偽者。なら、
「じゃ、本物って何よ?」

と、ならざるを得ない。
これは即ち、悲劇でも喜劇でもなく「形而上学」のはじまり。

「世界って何?わたしとは誰?世界とわたしの関係とは?」

①的なら、救いがない、とか、そこからどう救われるか?とか、文学的広がりもあろうが

②は、「そもそも、救いの有ると云う状況がわからない」。

希望も絶望もナンセンス。
与えられた情動にしたがって泣くか、笑うか……。

状況を受け入れるしかない。
なんとか、受け入れることしか、生き延びる道はない。

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何の話をしているのかと言うと、

スピノザ哲学を理解するとは、如何イカなる状態か?
と、云う比喩だ。

たぶん、悟りと云うものもこれと構造は相似であると思う。
 
アンドロイドは来歴をインストールされている。
そして、運命もプログラミングされている。

実は、人間も変わりはない。
多少自我とか記憶とかの連続性が確固としているくらいの差か?。
 
アンドロイドも人間も本質的な違いはない。

人間と動物にも本質的な違いはない。

(この点、「人を人とするのは共感能力」説に関しては判断保留)

スピノザ及びその信奉者的にはもっと殺伐としている。

即ち、
『自由意思は無い。』

或いは、錯覚である。

……これは、昨今の認知科学的にも傍証が頻出して、どうも認めざるを得ない雰囲気になってきている……

別の見方からすれば、自由意思は人間固有のものでは無い。動物にも植物にも(その程度の)自由意思はある。
……これは、自由意思の定義次第の一面もあるが……

我々は(比喩的な)プログラム上のバーチャルなもの、幻想でしか無い。

逆から言うと、幻想以外は認知できない。

幻想と言うのは、言葉の世界と言い換えてもイイ。
 
これは、単なる事実である。
この事実を悲劇でも喜劇でもなく救いであると、そう、納得しなくてはナラナイ。 
 
救いとしてとらえられないならば、生きることの大部分は不快と苦痛でしかなくなる。

もしくは、真実に盲メシいたまま、ソープオペラに一喜一憂する、単なる人類として一生を過ごすのか。
幸福に、あるいは不幸に。……何れにしろ愚かに。

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スピノザが示したことはそう云う事態だと思う。

たぶん、ゴーダマが悟ったこともほぼ同じ事態だと思う。

すべてが悪夢だから、悪夢が存在できない事態。
それが、今、私の居るここなのだ。

幸福とか、正義とか、愛とか……は、いったいどういう事態なのか?
なにもかも、ガラッと様相を変えざるを得ない。

このような認識こそ、本来の「世界観」の意味だ。
世界観とは抽象概念を一つづつ丁寧に読み替える作業。
悪夢をそのまま受け入れ、その意味を生きやすい世界に構築し直すこと。
それが、哲学、形而上学の使命。

悪夢は、即救いに変わる。
色即是空は空即是色なのだ。

(蛇足ながら、この地道な作業をすっとばして救いを盲信、狂信するのが既存宗教……愚か者の避難所、と云うわけ。)

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悪夢を見ることすらできない高度資本主義の奴隷、亡者達よ……

オリンピック、楽しい?
あっそ、良かったね🎵