罔兩庵日乗 mouryouan’s diary

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ひまつぶしズム -1-青春18切符の哲学【哲学】

ひまつぶしズム -1-青春18切符の哲学【哲学】

世界に目的は無い。(所与の)意味もない。
だから、
どのような人であろうと、その人生に本来は意味は無い。
絶対的な、もともと与えられた(何から?)価値や、目的も無い。
当事者が作った価値や目的に、当事者以外が認めるべき正当性もない。

しかしながら、生命体である以上、自殺を含めて、その生命を終えるまで、どうしたって生きる訳である。

と、云うことは、要するに、どう考えても

○ axiom.「人生は死ぬまでのひまつぶしでしかない」
=ひまつぶし(人生)観。 
その、価値観から演繹されるライフスタイルを「ひまつぶしズム」と言ってみたりして……

と、これを認めた上で、様々な選択肢やらバリエーションが発生する。

そのバリエーションのひとつに、「資本主義のエトス(勤勉は善)」だとか「マルキシズム」だとか「宗教」だとか「認知論的世界観(最終的には科学ですべて説明がつく)」だとか色々あるだけの話で、どれも

本来的には、嘘、と言って悪ければ、仮説……ではないな、迷信…盲信…虚構……狂信……やはり、狂信が一番正鵠を得ているなぁ。……意地が悪いようだけと。

狂信者も彼らの天国を夢見る。……キーツだっけ?

これらはとりあえず、意味はある。
ひまつぶし観、はそのままではニヒリズムだから、ニヒリズムが悪いものなら(本来は無記だろうが…)何らかの仮面を被せてやらなくては生きづらい。

悪いとわかっているものに腰かけているのは居心地が悪いものだから。
化粧が悪くないのと同様、悪しき現実に仮面を被せるのは悪いことではない。

基本的には、だ。それが抑圧や暴力を産み出すのは善くないに決まっている。
政治と宗教が結び付くとそうなり勝ちだが、それは、また別のはなし。

で、「ひまつぶし観」と云うのは、その
○「真実をそのまんま受け入れて単なるニヒリズムに陥らずに、ニヒリズム的な生を能動的に楽しんでみよう」と云う試みだ。

楽しんでしまえばそれはもはや、ニヒリズムではない。

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バカであり続けられる者は、羨ましい。
人は賢くなることはできるが、一旦賢くなったものが愚かになることは至難である。
愚かさは至福のまどろみ。
球蹴りなんかに夢中になれる精神なら、世界はシンプルで、ライフいずイージーにきまってるヨー。

でも、目覚めたときってどうなるんだろう?
インチキ宗教から逆洗脳(デプログラミング)したときの恐怖の空虚……
だから皆さん、本当は薄々感じてる現実が嘘ってことがばれそうになるとあたふた虚栄を張り、切れそうになるんだよね。
そして、衆愚のまどろみに避難するわけだ。
その装置として、宗教、放送、広告、車、エロ風俗、エンタメ、ごみ音楽、マンガ……スポーツ‼……そして金銭紙幣エサ……コマーシャリズムが色々用意しとくわけですな。

勤勉は呪いである。(ニーチェ)

宗教はアヘンって、アンタ(マルキシズム)もでしょうがっ。ざんねん(古っ)
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閑話休題 ⭕ ⭕ ⭕ 。

実は、昔から「ひまつぶし観」は持っていたのだが、「生きる時間はすべて死ぬまでのひまつぶし」と云う原則から物事を見ると、結構人生をポジティブにする。
つまり、面白いってなっ!。てな事を発見したのはそれほど昔ではない。

たとえば「青春18切符」。
これ、安いからって一面もあるけど、素晴らしい「ひまつぶしツール」です。
安いから長時間乗っていることを我慢する。
のではなく、
安いのに長時間ひまつぶしができる。
と、よりポジティブに評価できるようになる。

まぁ、豪華客船論理の1日バージョン。

2370円で18時間も変わりゆく日本の風景を眺めるひまつぶしが出来る。って、スゴイ。

余裕があると、トラブルも楽しめる。
運が悪けりゃ途中下車。最悪でも駅舎で野宿。
自分のトラブルも楽しむ。まして他人のはコミックショー。
別れも楽しむ。 老いも楽しむ。 ED も楽しむ。

所詮ひまつぶしなんだから、何にもないより何か起こった方が面白い。
って、寒い辛い痛い、病気や怪我は嫌だけど……それは、おさおさ準備怠りなく。

ひまつぶし観からすれば、
基本的には、大仰なハートブレイクとか、ご心痛とかは無くなってしまう。
すべて、笑い飛ばす。
それが無理なら、ただの風景としてボーッと眺めてやり過ごす。

生きる時間を、楽しくひまつぶしがてきるか?否か?。
と云う価値評価に変わると、いろいろな物事の見方が変わる。
変わるというより真逆なる事も多い。

時間がかかる、と云うことがプラスの価値になる。

旅の目的を、
「たくさんの場所を短時間で見て回る」
から、
「いつもと違う場所で、いつもと違うひまつぶしがてきる」
に変えると、かなり面白いことになる。
トラブルで名所に行けなくっても、トラブル自体を面白がる。

考えてみれば、
今までも、小節数を決めないインプロビゼーションだとか、登らない山登りだとか、野宿マニアだとか、「ひまつぶし」ごっこはしてきたなぁ。
あっ!ウルトラライトって、ひまつぶしだよなっ、、あんなもん。

ただ、正しくラディカルに「ひまつぶし観」から評価してこなかったのも事実。

人生の黄昏に至って、正しい物の見方を手に入れた。と云う気のする今日この頃です。

ほんと、無意味な人生なんだから、笑って面白がってればいいんじゃない?

何をあくせく川端柳 川の流れを見て暮らす🎵
(正しくは、あくせく→くよくよ、です。)