罔兩庵日乗 mouryouan’s diary

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山本夏彦、ついでに読書遍歴など【雑】

山本夏彦、ついでに読書遍歴など【雑】第9日 2018 11 4

 ……山本夏彦と云うエッセイストが昔いて、とても的を得た善いことを書いた。是非、もっと読まれるといいなぁ。……云々カンヌン

と、云うヤうな趣旨のことを書くつもりだったのに何故か自分の読書遍歴のような事を書いてしまった。

まったく、"まわりクドイ"って奴を通り越して、"筆が逸れる"ってのの手前あたりまで来ているナ、、、
ま、そもそもなんの功徳効用もない妄言散話だ、ゼロに何をかけてもゼロだからかまわないヤ、、、、南無🎵

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無駄話開始。

正直、中学生までに比べて高校時代と云うのはあまりに暗くて記憶が少ない……。

で、どのあたりが高校期で、どのあたりからが上京後の愛読書か定かではないのだが、、、

 ⚪ ⚪ 荘子、エチカ ⚪ ⚪

とにかく、高校期から現在に至るまで人生の指針となった唯一無二、……ならぬ唯二無三なのだが……の本が、
岩波の 「荘子 内篇」だ。
外篇1冊 雑篇2冊 の合計4冊だが、読んだ頻度は比較になら無い。内篇一冊でいい。

遍歴中の良寛荘子一冊だけを持って歩いた、と云う話を読んだような記憶があるが、さもあらん。
良寛とはなんとなく似た匂いを感じる。……ま、向こうは迷惑だろうが……。。。クンクン🐩

本当は、岩波の現代語訳はあまりよくない箇所がある。朝日新聞社の福光の訳の方が良いのだが手に入りにくい上に編集が読みにくい。

あ、荘子について語っている本は、一冊も読む必要はない。
結局、ソノ方の人生観やオモヒデやオモヒイレを読まされることになるだけだ。荘子自体とはあまり関係無い。
で、それは大抵退屈で大したことはない。
所詮他人事。失礼。
この本の解説は、各々自分にとってのこの世界そのものだ。(本気と書いて)マジ。

世界は自ずと、荘子の趣旨の例であり、解説になっている。
そう思って、荘子とあなたの対面している事態を見比べると良い。
少しは事態の本質が見えてくる。

⭕世の中、大したことなどひとつもない。

運が悪けりゃ死ぬだけサ。♪
死もまた自然。生もまた偶然。
私にとっての偶然は、天にとっての必然。
その事を自然、天命と云う。
丘は天の戮民也。

この世界で切実なのは自分の人生だけだ。
ある側面から切り取った、荘子の要諦。
世界とは、自分にとっての世界でしかない。
独我論ではない。……ま、解るとき、つまり死にかけたとき、にはわかる話だ。……

で、自然と自然繋がり(下らない洒落ダ…)で、唯二の方の一方、スピノザの「エチカ」(2冊)に惹かれる。
こいつは、大学時代に買って飛ばし読みはしていたのだが、その意味と真価がわかって通読三読行間深く読み込むようになったのは30代末からで、未だ現在時点でのソノ最良の解釈を模索している。
最良とは、私の腹に据わらせ、私の言葉で他に伝える為の、だ。
とにかく、伝わらない本である。 
スピノザについて語るときは、いつも空回りを感じる。
空観、以上に神即自然は伝わらない。
皆さん目が泳いでいる🐟。。。

ほとんど全てのエチカの解説は 少しづつ、或いは全面的に的外れ……すくなくとも、ピントがずれている……と、思う。
哲学のセンセー達は何だか本気(と書いてマジ……ヒツコイ)ではない。

……ドゥルーズは本気みたいなんだけど舌足らずなのか難解なのか、いや小生が愚根なのだろう……意識の説明あたりが、いまひとつよくわからない。……リアリティを持てない……残念。

まっ、よーするに、ざっくり言って、

⭕神は作らなければならない。

それだけのことだ。
神とは破綻の無い物語の中心のことだ。
葛藤と孤独の沼から這い上がり安心して生き、納得して死ぬために形而上学は必要不可欠だ。
→誰もニーチェの超人や仏陀・解脱者にはなれない。

悟ることは出来なくても、形而上学=正しい哲学的宗教を理解することはできる。……努力は必要だ。

ごく普通に考えて、全ての既存宗派宗教は 嘘である。だから、必ずどこかで破綻する。
全ての 既存の神は 捏造、ペテンである。
プラセボでも治るヒトは治る。
溺れるものには藁も必要だ。藁が権力を持ち金を持つ。
が、偽薬は所詮偽薬である。
破綻しない宗教を、哲学的に作らなくては、永遠に嘘の宗教と宗派と教会と僧侶に騙され搾られ続けるか、神無しの暗い世界を生きなくてはならない。
哲学的宗教は一つではないかもしれないが、もっとも良くできた作品がエチカであると私は思う。
ただし、多少手直しは必要だ、何せ17世紀の骨董品だ。

神即自然と荘子はとてもしっくりくるサバイバルの道具です。鍋とナイフ……

あ、ツェラトウストラも10代で買ったのだがスラスラ読めたのは紙も黄ばんだころ、30代だった……ものもちの良いのは、長所である。
ニーチェは西尾のニーチェを学んでしまって、そのようにしか見ることができない。
が、それで特に問題は感じていない。
今の人ならば永井のニーチェとかだろうか……??

 ⚪ ⚪ アングラ、保守反動 ⚪ ⚪

で、
10代後半に読んだ非文学の作家は、
山本七平山本夏彦西尾幹二、等と、唯一関係ないが料理本丸元淑生等でR(by嵐山光三郎)。

丸元の、ラディカルな「栄養原理主義」は
見直されても良い。
マクロビは正視に耐えない噴飯疑似科学だ、ひどいオカルトだ。
ま、玄米食は正しいから、玄米食の献立くらいに軽く考えれば問題は無いが。
玉ねぎのまわし切りには、笑うしかない。バカか?

もう少しあとに、
仏教思想、中国古典やキリスト教の解説や元ネタ本と、
澁澤龍彦ニーチェユング栗本慎一郎呉智英小室直樹……等々
その他にもとんでもなくたくさんいるが、古典の解説、アングラ、保守反動思想家が多いかもしれない。
三島は好かない。

あ、記紀古史古伝も結構本棚にあるや(笑)……

グノーシス関連はユングから始まったが、以後ユングよりずっと重要になった。
で、永井均、ウトゲンシュタイン等は20代末30代前後から読み始めたのではないか?

で、少しはスピノザが解るようになってきた、と。フー💨

 ⚪ ⚪ ハードボイルド、娯楽小説 ⚪ ⚪

文学系は偏っていて、詩と古典以外は純文学は読まない(昔は、、)ことにしていたので、一部SF(って、ディックだけど……)以外はハードボイルドがほとんどだ。
ある時期まで、日本で出版されるハードボイルドは全て目を通そうと思っていた。
これは、その後日本人ハードボイルド作家がやたら増えたのと、飽きたので止めたが、今でも本棚には絶版した珍しい英米のハードボイルド小説がかなりある。

ま、司馬遼太郎池波正太郎岡本綺堂等、肩の凝らないものも通勤用にかなり読んでいる。
40代厄年まで最低年間104冊(週2冊)はノルマにしていた。ノルマ以下の年は一年も無い。
厄をすぎたら、半分人生を降りたので、その手の強迫的な生臭い事は全てヤメにした。
好きな古典を中心に、好きなタイミングで読む。

司馬遼太郎歴史観は、今では否定しているからもう手に取ることはないが、半七と梅庵は今でも時々手に取る。
池波で繰り返し読むのは、梅庵シリーズだけだ。

日本の娯楽小説家ですごいと思うのは、 都築道夫 と 半村良 の二人だ。
ハードボイルドは都築に教わった。
西連寺シリーズが好きだ。カートキャノンの贋作もいい。~まーにあっく。
都築は図書館でも手に入りにくい。
最近のことは、京極夏彦を最後に娯楽小説なるものを読まなくなったので知らない。

詩の話はまた別の機会に。

 ⚪ ⚪ 山本夏彦 ⚪ ⚪

この中の哲学・思想家組は別にして、ほぼ忘れられた存在になっているのが、先に紹介した西丸震哉と、山本夏彦ではないか?

まぁ、もともとそれほど超有名でもなかったが……

ウィキペディアで調べても作品のテイストは全くわからないので、手に取って読んでみるといい。
図書館にはある。

この二人、実は腹の据わった思想家である。

「なーるほど、我が意を得たり」と思うか、まったく意味がわからないかどちらかだろう。

一言で云うならば、サイレント・マジョリティ

前に書いたように、小生が一切新聞を読まず、軽蔑しているのは多くこの人に依っている。
テレビを見ないのも半分はそうかもしれない。

まぁ、はしょって説明する気はないし、解釈の別れる余地の無い明快な文章なので、一読をおすすめする。

言うまでもないが、小生の文を多少は面白いと思うほどの人ならば読む価値はあるはずだ。

茶の間の正義 あたりから如何?

⚪ 蛇足 ⚪
森鴎外をちゃんと読まなくてはならないなー、と感じる今日この頃デス。
(*`・ω・)ゞ