罔兩庵日乗 mouryouan’s diary

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断腸亭日乗雑感-2.大正八年1919- 【本】

断腸亭日乗雑感-2.大正八年1919- 【本】
2018 09 21)記

正月 十六日
あーあー。いきなりビンゴ。
自分スゴイ!(笑)(^ω^)

やっぱり、八重福のお里が割れちゃった。
「とんだ喰わせもの」って、「桜木の老婆」って人に笑われちゃった。
 小生の目から見ても怪しかった。センセ~甘いぜ。

⭕電話
正月 廿九日
電話を買う。気の利いた下女がいないから「遊蕩の金を割きて」電話を買ったそう。
電話にて肴、八百屋を弁ずれば下女など無用だそうで、イヤハヤ贅沢なお坊っちゃんだこと。

⭕株
三月 朔
あら、先生、株もやるんだね。王子製紙と猪苗代電力を買ってるね。大丈夫かなぁ~?

あら、先生人妻とも~……?……三味線の師匠さんが心配してるし~

岡本綺堂
四月 三日
歌舞伎座にて松莚君の修善寺物語を」云々

はー、これでよく出てくる 松莚(子=尊称) の正体がわかった。
\(^^)/ワーイ
「半七捕物帳」 の 岡本綺堂 だ。
歌舞伎繋がりか。なあるほど。

どおりで、他の遊び人とは違うような気がしてた。後家人(武士)の息子だからね。
慶應義塾の金持ちボンボンのとりまきとはちょっと毛色が違うわ。

⭕芸術
五月 十二日 荷風の思想上、重要なので長く引用
⚫段落、は小生

「感動とは何をか謂ふや。

⚫余は日本現代の文化に対して常に激烈なる嫌悪を感ずる

の余り、今更の如く支那及び西欧の文物に対して景仰の情禁じかたきを知ることなり。是今日新に感じたることにはあらず。外国の優れたる藝術に対すれば必この感慨なきを得ざるなり。然れども

⚫日本現代の帝都に居住し、無事に晩年を送り得る所以のものは、唯不真面目なる江戸時代の藝術あるが為のみ。

川柳狂歌春画三味線の如きは寔に他の民族に見るべからざる一種不可思議の藝術ならずや。無事平穏に日本に居住せむと欲すれば、是非にも此等の藝術に一縷の慰籍を求めざる可からず。」

大正もひどいけど、平成も酷いぜ、、先生~……!

五月 廿五日
薩長武断政治 批判、いや薩長嫌い。

六月 廿九日
「思ふに当世の妓三味線をまなぶは藝が好きといふわけにはあらず、

⚫唯公開の塲所に出で名を售りたきが為なるべし。

文士は雑誌に名を掲けむが為に筆を執り、藝者は何の事やら訳もわからず唯絃を鳴す。藝道の廃頽嘆くもおろかなり。」

はー、昔から変わんないねー。
能無しの目立ちたがり屋、インスタ映え、バンドやろうぜ!。
好きなら独りでやれば良し。

でもさ、この頃はみんな貧しいのよね~。金の為の芸なので、道楽じゃないんだよね。
せんせーとは違う。

七月 七日
荷風全集第2巻の印税675円 67万円くらい?どうなんだろ?増刷分は別みたい。

九月 廿二日
(バカな躾のなってない)子供と巡査嫌い

十月 十六日
富貴亭 ランチ?コース?4円 少し前は1円とのこと。物価高騰

十一月 廿三日
母親の猫の剥製
んー、どーかなー、、、

十二月 六日
「憂いを慰むるもの、女にあらず、三味線にあらず、只*フランスの文芸にあるのみ」
うんうん。

十二月 廿三日
キュウキョドウで森先生(鴎外)に偶然会う。
うん、あそこらへんはヤバイ。

麻布ヘンキ館の話進んでいる。借地らしい。意外

大正七年読了~続く

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🌕↓注記)
岡本綺堂メモ

幕府後家人の子で、父は維新後通ジ
大学も行ってない。なにせ父親からバッチシ教育受けてるからね。
新聞記者、従軍記者とか……ふむふむ。
……あ、長谷川伸も新聞記者だ!そう云うものなのか?

宇和島藩士の娘の芸妓を引いて奥さんにした。
なーるほど、道理で夫妻で荷風風月堂で食事したりしてるわけだ。粋だね。

……あれ?長谷川の奥さんも芸者の置き屋してたな?

新聞記者 劇作家 芸者 三題噺だ。

新国劇の長谷川と岡本は直接繋がりはない?らしい。
あれば池波正太郎(長谷川の弟子)までつながって面白かっのになぁ。

号について。
莚は筵とカンムリ違いだが同じだろう?
ムシロ、蓙ゴザの事だろう。
松の葉のムシロ。とは、多分海辺の松林のことだろう。
 松莚 。海が好きと云うことか。
半七や怪談は何度も読んでるけど修善寺物語は読んでない。青空文庫でさらっておこう。

……岡本綺堂は重要なので、別に書く……